長野旅行体験記とおすすめのアイテム

10年前のことになりますが、長野県の「信州善光寺」に観光に行きました!当時は2008年で、7年に一回催される「御開帳」が行われていたときです!

 

2月の土曜、地元湘南から東海道線で東京まで行き、新幹線「あさま」で長野へ。途中見えた南アルプスがとても綺麗でした!新幹線の旅は意外と短く、一時間も付かないうちに長野へ。そしてお寺へは、駅からバスで10分ほど、近いですね!

 

そして、この日、私は数々の不思議体験をします!まず、善光寺に到着すると、少し歩いただけで、めまいのような強烈なふらつきが。私、神社仏閣に行くとよくなるんですよね…場のパワースポット的なエネルギーに感応するのでしょうか。以前、明治神宮に行ったときも同じく、歩けないほどのふらつきがしました。

 

御開帳された「前立本尊」はとても立派で、大きさもあり見応えがありました!そして、その後神社の周囲を散歩。すると、本殿からみて左側に、太平洋戦争の特攻隊員に対する石碑がありました。見ると、だいたい3割くらいの人が「原」姓でした。私も本名が原姓でして、自分と同じ名前の多くの人が、国を守るために戦ったんだな、と思い、胸が熱くなりました。日本もそうですが、世界の平和をみんなで守っていきたいですね!

 

その後、神社近くの蕎麦屋さんへ。天ぷらそばを食べましたが、これがコシがあり香りもよく、とても美味しい!信州名物を楽しく頂きました!本音ではビールか日本酒が欲しかったのですが、昼間なので自重しました(笑)

 

その後バスに乗り、「川中島古戦場」へ。いうまでもなく、あの武田信玄公と上杉謙信が壮大なバトルを繰り広げた戦場の跡地です!ここでも驚きがあり、戦場の武将の配置図があったのですが、その武将の中に「原」姓がちらほら!

 

ちょっと話が逸れますが、「原」というと、野原や草原のイメージで、なんとなく、百姓が多いのでは?という気がしますよね!しかし、実は原家は立派な武家でもあるのです!事実、江戸時代に戦国時代に詳しい好事家が選定した「武田二十四将」には、原姓の人物が2人選ばれています!他に有名な人物では、山本勘助なども入っています!そして原以外に2名選ばれているのは当の武田姓と、真田幸村で有名な真田姓(主役に添えやすいからか、日本の戦国時代ゲームでも大人気ですね(笑))だけなので、いかに「原」系の武将が活躍していたかわかりますね!ちなみに原家のルーツには、千葉県を中心とする「千葉原氏」と、岐阜県の「土岐原氏」があり、戦国時代には、おそらくこれらの地域から信州や北陸へと版図を広げた原家が活躍していたものと思われます。

 

また、現地には「執念の石」と呼ばれる穴のあいた石があり、これは、上杉謙信が武田信玄の基に突撃をして、すわ信玄公が討ち取られるか?となったとき、とっさに槍を取って謙信を攻撃、馬が驚いたため撃退には成功したのですが、謙信そのものを討ち取れず後悔の念のあまり怒りで石を刺した原姓(たしか「原大隈」という名前だったと思います!)の武人によるものとのことで、ここでも驚きがありました!すごいですね、原氏(笑)このエピソードは、地元のライオンズクラブの社長さん方に一度プレゼンテーションで話したことがあるのですが、大好評でした!

 

その後、近くの史料館で色々と見ました。こちらは歴史関係ではなくて、周辺の地理やもっと古い時代の歴史についてのものでした。縄文時代くらいの人が数人で大きなマンモスを倒している絵がありましたが、昔の人は命がけで大変ですね!お金があれば食事や生活ができる現代文明には感謝です!

 

その後夕方には長野市中心部へ戻り、駅でお土産を買って帰路へ。信州ワインを飲んでみましたがフルーティで美味しかったです!半日の旅行でしたが、よい思い出と歴史散策ができました!次は、近々、信玄公にこちらも縁の深い「甲斐善光寺」を訪れてみたいです!

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